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東京高等裁判所 平成6年(ネ)623号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人の控訴人に対する控訴人が東京法務局所属公証人山崎宏八作成昭和六三年第三〇二〇号建物賃貸借契約公正証書に基づき平成五年三月一一日に原判決別紙差押物件目録記載の動産についてした強制執行(東京地方裁判所平成四年(執イ)第一四〇二六号動産執行事件)は、これを許さない旨を求める訴えを却下する。

被控訴人と控訴人との間において、右強制執行の請求債権(平成元年七月から平成二年三月までの一か月三一万円の賃料及び管理費に対する同年五月一日から平成四年一一月六日までの日歩七銭の割合による損害金一八四万四五〇〇円のうち四七万七四〇〇円)が存在しないことを確認する。

訴訟費用は、第一、二審を通して、これを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

本件について東京地方裁判所が平成五年四月七日にした強制執行停止決定は、これを取り消す。

この判決の前項については、仮に執行することができる。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  事案の概要

被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が東京法務局所属公証人出崎宏八作成昭和六三年第三〇二〇号建物賃貸借契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)に基づき平成五年三月一一日に原判決別紙差押物件目録記載の動産についてした強制執行(東京地方裁判所平成四年第一四〇二六号動産執行事件、以下「本件動産執行事件」という。)は、これを許さない旨及び右強制執行にかかる請求債権(平成元年七月から平成二年三月までの一か月三一万円の賃料及び管理費〔以下「賃料等」という。〕に対する同年五月一日から平成四年一一月六日までの日歩七銭の割合による損害金一八四万四五〇〇円のうち四七万七四〇〇円、以下「本件請求債権」という。)が存在しないことの確認をそれぞれ求めた。原判決は、いずれもこれを認容した。そこで、これに対して控訴人が控訴した。

一  争いがない事実

1  被控訴人は、控訴人から店舗を賃借しており、右賃貸借契約について、本件公正証書が作成されている。

2  被控訴人は、控訴人に対し、本件公正証書に基づき右店舗の賃料等一か月三一万円を毎月一二日までに翌月分を控訴人方に持参又は送金して支払う、これを遅滞したときは日歩七銭の割合による損害金を支払う、不履行のときは直ちに強制執行を認諾する旨約した。

3  控訴人は、本件公正証書の執行力ある正本に基づき、平成四年、被控訴人を相手方として、本件動産執行にかかる申立てをし、この申立てに基づき平成五年三月一一日強制執行が行われたが、右店舗内には、既に控訴人の申立てによりされた動産執行(平成三年(執イ)第六二九六号事件、以下「六二九六号動産執行事件」という。)において差し押さえられた原判決別紙差押物件目録記載の動産のほかには差し押さえるべき動産がなかつたため、本件動産執行事件は右先行の六二九六号動産執行事件に併合された。

4  本件請求債権は、平成元年七月から平成二年三月までの一か月三一万円の賃料等に対する同年五月一日から平成四年一一月六日までの日歩七銭の割合による損害金一八四万四五〇〇円のうち四七万七四〇〇円である。

5  被控訴人は、控訴人に対し、右期間中の賃料等については、一か月三一万円を右期日までに又は右期日後に弁済供託している(以下「本件弁済供託」という。)。

6  控訴人は、本件請求債権の不存在を争つている。

二  争点

1  請求異議の訴えにより、具体的執行行為の排除を求めることができるか。

2  本件動産執行事件は、平成六年二月一七日その執行の対象である動産の一部が民事執行法一三〇条による取消しがされ、残りの一部が同法一三七条に基づく売却後の配当が終了(後者の事実は争いがない。)したことにより終了し、本件請求異議の訴えは訴えの利益を失つたか。

3  本件請求異議の訴えは、二重起訴に当たり、不適法なものか。

控訴人は、被控訴人が本件動産執行事件と併合されている東京地方裁判所平成三年(執イ)第六二九六号、同年(執イ)第七三八三号、平成四年(執イ)第一四五〇号、同年(執イ)第三九五四号、同年(執イ)第五八七一号、平成五年(執イ)第五一五九号及び平成六年(執イ)第二一六七号各動産執行事件についても請求異議の訴えを提起しているが、これは、請求異議事由の同時主張を義務付ける民事執行法三五条三項、三四条二項に違反し、二重起訴の禁止規定に違反すると主張する。

4  本件請求異議の訴えは、同一事件の請求放棄により既判力に抵触するなどして許されないか。また、本件債務不存在確認の訴えも許されないか。

控訴人は、被控訴人が双方間の東高簡易裁判所平成五年(ハ)第八三六三号請求異議の訴え(以下「別件請求異議の訴え」という。)にかかる本件公正証書に基づく東京地方裁判所同年(執イ)第九八六四号動産執行事件の強制執行を許さない旨の請求を放棄しており、右訴えは本件請求異議の訴えと同一であるから、既判力に抵触するなどして許されないし、また、右請求放棄により被控訴人は右請求債権の不存在確認請求権も放棄していると推認されるか右請求債権の存在も確定しているといい得るし、本件請求異議の訴えに付随して提起されたに過ぎないから、本件債務不存在確認の訴えも許されない旨主張する。

5  本件弁済供託につき、控訴人に受領拒絶があつたか。

6  本件弁済供託につき、これを有効とする確定判決又は債権者である控訴人の受諾の意思表示がないことを理由に、供託にかかる債務についての遅延損害金の発生が止められないものといえるかどうか。

7  本件弁済供託につき、これが債務の本旨に従つた供託といえるか。

控訴人は、遅延損害金、執行費用、増額賃料の供託がないから、本件弁済供託は債務の本旨に従つた供託とはいえないと主張する。

8  本件弁済供託につき、その取戻請求権の一部が控訴人による債権差押命令及び転付命令の取得により消滅し、結果として取戻しがなされた状態になつており、有効な弁済供託とはいえないものであるか。

第三  当裁判所の判断

一  本件請求異議の訴えについて

1  本件請求異議の訴えは、債務名義である本件公正証書に基づく具体的執行行為の排除を求めるものである。しかして、本件においてこのような請求異議の訴えが許されることについては、原判決が説示するとおり(原判決四枚目表七行目の冒頭から同五枚目表一〇行目の末尾まで)であるから、これをここに引用する。

2  ところで、前記争いのない事実に《証拠略》を総合すれば、(一) 本件動産執行事件等につき差し押さえられた原判決別紙差押物件目録記載の動産について控訴人から民事執行法一三七条一項に基づく売却の申立てがあつたため、平成五年九月一七日に売却期日が開かれ、売却に先立ち同目録記載一、三(うち一脚のみ)、五、七、八の各動産については保管場所から持ち出されて存在しなかつたため、同目録記載二、三(うち五脚)、四、六の各動産について競り売りによる売却が実施され、その売得金が同条二項により供託されたこと、(二) 控訴人は、被控訴人に対する別件の債務名義である東京地方裁判所同年(モ)第八五五九号訴訟費用額確定決定に基づき動産執行の申立てをし、平成六年二月一四日に強制執行が行われ(同裁判所同年(執イ)二一六七号)たが、六二九六号動産執行事件で差し押さえられた右目録記載の動産(右不存在のものを除く。)のほか差し押さえるべき動産がなかつたため、同事件に併合されたうえ、右のとおり供託されていた売得金が控訴人に配当され、同月一七日に右不存在の動産については同法一三〇条により執行が取り消され、六二九六号動産執行事件及びこれに併合されていた本件動産執行事件等は終了したことが認められる。

3  そうすると、本件動産執行事件は、執行取消し及び売却に基づく配当の実施により終了したのであるから、被控訴人において本件請求異議の訴えにおいて具体的執行行為である本件動産執行の排除を求める訴えの利益は消滅したものというべきである。したがつて、本件請求異議の訴えはその余の点について判断するまでもなく不適法であつて、却下を免れない。

二  本件債務不存在確認請求について

1  被控訴人の別件請求異議の訴えにおける請求の放棄により本件債務不存在確認の訴えが許さないことになるかについて

《証拠略》によれば、(一) 被控訴人は、控訴人に対する東京簡易裁判所平成五年(ハ)第八三六三号請求異議の訴え(「別件請求異議の訴え」である。)にかかる本件公正証書に基づく東京地方裁判所同年(執イ)第九八六四号動産執行事件の強制執行を許さない旨の請求を放棄したこと、(二) しかして、右訴えにおいて、被控訴人は、右動産執行にかかる請求債権の債務不存在確認請求は提起していないこと、(三) 右動産執行における執行の目的物件は原判決別紙差押物件目録記載の動産とは異なることが認められる。

ところで、別件請求異議の訴えは右具体的執行行為の排除を求める訴えであること、右訴えの対象は右具体的執行行為(しかも、本件動産執行事件と目的物が異なる。)に対する異議権の存否であつて、右具体的執行行為に対応する請求債権の存否ではないと解すべきであるから、右請求の放棄により右異議権を放棄したからといつて、当然に右請求債権にかかる債務の不存在確認請求権を放棄したことにはならないし、そのように推認すべき根拠もなく、右請求債権の存在も確定しているともいえない。また、請求異議の訴えにより異議権が確定しても、請求債権にかかる債務の不存在が確定するものでもないから、請求異議の訴えとは別に債務不存在確認の訴えを提起する独自の意義が認められ、後者は前者の単なる付随的存在ということはできない。

したがつて、別件請求異議の訴えにより本件債務不存在確認の訴えが許さないものとはいえない。

2  本件弁済供託につき、控訴人に受領拒絶があつたかについて

前記争いのない事実及び《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件公正証書上では賃料の支払方法は控訴人方への持参又は送金によるものと定められていた(争いのない事実)。

(二) 被控訴人は、平成元年三月分以降、毎月の賃料等を株式会社第一勧業銀行新橋支店の被控訴人の普通預金口座から控訴人の指定した株式会社富士銀行新橋支店の小沢政彦名義の普通預金口座に振込送金の方法により支払つていた。

(三) 控訴人と被控訴人は、同年一月ころから被控訴人が借り受けた前記店舗の改装をめぐつて係争しており、被控訴人は、控訴人から原状回復とその不履行を条件とする賃貸借契約解除の通知を受けていた。また、消費税及び保証金二〇〇万円の各支払の問題をめぐつても係争があり、同年五月に入つても右消費税の支払を除き問題は未解決のままであつた。

(四) 被控訴人は、同年五月一二日に同年六月分の賃料等を右被控訴人の口座から控訴人の指定する口座に振込送金したところ、これが同月二二日自動送金返却の取扱により被控訴人の右口座に返却された。

そこで、被控訴人が右富士銀行に電話で照会したところ、同行の担当者から同月一一日から一二日に控訴人が来て、被控訴人の送金は受け取りたくないといわれ、その交渉、解決のためにかなり時間がかかつた旨の回答を得た。

そのため、被控訴人は、同月二四日に同年六月分の賃料等三一万九〇三〇円(消費税を含む。)を弁済供託した(争いのない事実)。

(五) その後、被控訴人は、控訴人に対し、書面をもつて賃料等の送金先を知らせて欲しい旨を通知したが、控訴人から何らの回答も得られなかつた。ただし、控訴人の右口座自体は銀行との間では、取引継続中であつた。

(六) そこで、被控訴人は、同年六月一九日に同年七月分、同年八月二日に同年八月分、同年九月六日に同月分、同年一〇月六日に同月分、同年一一月八日に同月分、同年一二月八日に同月分及び平成二年一月分、同年一月一八日に同年二月分、同年三月七日に同月分の賃料等各三一万九三〇〇円(消費税を含む。)宛を被供託者は「建物の明渡を要求し、あらかじめ賃料の受領を拒絶され目下係争中のため受領しないことが明らかである」として弁済供託した(争いのない事実)。

以上の認定事実によれば、被控訴人の平成元年六月分の賃料等の振込金の返金は、控訴人による取引銀行への受領拒絶の依頼に基づくものと推認され(《証拠判断略》)、控訴人は同月分の賃料等の受領を現実に拒否したものということができ、これに右控訴人の口座は取引継続中にもかかわらず、その後も被控訴人の申出に対し送金先を明らかにしないなどの事実を合わせ考慮すると、控訴人は、被控訴人による同年七月分以降の賃料等の受領をも拒否する意思が明らかであつたということができるから、このような事情のもとにおいては、被控訴人は、同月分以降の賃料等について口頭の提供をするまでもなく、その不履行による遅滞の責めを免れ(したがつて、遅延損害金は発生しない。)、右のとおり供託の時期が弁済期内にされた分の供託はもとよりこれに遅れているものについても遅延損害金を付加することなくなした分の供託についても有効な弁済供託としてその効力を有するものということができる。したがつて、本件動産執行事件の請求債権の対象である被控訴人の控訴人に対する同月分から平成二年三月分までの賃料等の債務は弁済供託により消滅したものということができ、これに対するその後の遅延損害金は発生しない。

3  本件弁済供託につき、これを有効とする確定判決又は債権者である控訴人の受諾の意思表示がない場合の供託の効力について

控訴人は、右の場合には、弁済供託は有効とはいえないから、弁済供託があつても、供託にかかる債務について遅延損害金の発生を止められないと主張する。しかし、弁済供託が有効になされた以上、債務者は債務履行の遅滞の責めを免れるのであり、遅延損害金は発生しないものというべきである。控訴人の右主張は理由がない。

4  本件弁済供託につき、これが債務の本旨に従つた供託といえるか。

控訴人は、遅延損害金、執行費用、増額賃料の供託がないから、本件弁済供託は債務の本旨に従つた供託とはいえないと主張する。

しかしながら、前示のように弁済供託が有効になされた以上、遅延損害金及び執行費用は発生する余地がなく、増額賃料についてもその裁判の確定するまでは賃借人において相当と認める賃料を支払えば履行遅延の責めを免れる(平成三年法律第九〇号による廃止前の借家法七条二項参照)上、控訴人の主張によつても賃料増額は本件動産執行事件にかかる請求債権の発生すべき賃料及び管理費の属する期間外の平成二年八月以降の分であるから、増額賃料の点は本件弁済供託の有効性を左右するものではない。

5  供託金取戻請求権につき転付命令が確定した場合の供託の効力について

控訴人は、この場合、その限度で供託金は取り戻されたことになるから、有効な弁済供託とはいえないと主張する。

ところで、《証拠略》によれば、控訴人は、被控訴人が弁済供託した供託金のうち、平成二年八月及び同年九月分の供託分について、同年一〇月三〇日、債権差押命令及び転付命令を得て、その確定により、右供託金の払渡しを受けたことが認められる(《証拠判断略》)。

しかしながら、右供託金の払渡しが本件の請求異議訴訟の帰趨に影響しないことは原判決に説示するとおり(原判決七枚目表三行目の冒頭から同裏一行目の末尾まで)である(この理は、本件の債務不存在確認請求訴訟においても同様である。)から、これをここに引用する。

第四  結論

よつて、原判決中被控訴人の債務不存在確認請求を認容した部分は正当であるが、請求異議を認容した部分は不当であつてその点に関する本件控訴は右の説示の限度で理由があるから、原判決をその旨変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野寺規夫 裁判官 矢崎正彦 裁判官 飯村敏明)

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